相対取引

FX投資

1. はじめに:相対取引とは何か?

相対取引(あいたいとりひき)とは、証券取引所や商品取引所などの公的な「市場(マーケット)」を介さずに、売り手と買い手が直接、あるいは金融機関などの仲介者を挟んで「相対(あいたい)」で取引条件(価格、数量、決済方法、時期など)を決定し、契約を結ぶ取引形態のことです。

一般的に「OTC(Over-The-Counter)取引」とも呼ばれ、日本語では「店頭取引」と訳されます。かつて証券会社のカウンター越しに証券の売買が行われていたことに由来しますが、現在では電話や電子取引システムを通じて行われる場合も含めて広くOTC取引と呼ばれます。

相対取引は、株式や債券、為替、デリバティブ、不動産、商品(エネルギー、金属、農産物など)、さらにはM&A(企業の合併・買収)に至るまで、非常に広範な分野で行われています。

これに対して、取引所を通じて行われる取引は「取引所取引」または「市場取引」と呼ばれます。取引所取引では、不特定多数の参加者が、取引所が定める標準化されたルール(取引時間、注文方法、決済方法など)に基づき、価格競争(オークション方式など)によって価格が決定されます。

相対取引は、この取引所取引を補完する役割を担い、経済活動において不可欠な取引形態として機能しています。本稿では、相対取引のメカニズム、特徴(メリット・デメリット)、具体的な分野、リスク管理、そして近年の動向について詳しく解説します。

2. 相対取引のメカニズムと特徴

2.1 取引プロセス

相対取引の基本的なプロセスは以下のようになります。

取引相手の探索: 売り手は買い手を、買い手は売り手を探します。既存の取引関係がある相手、あるいはブローカーや金融機関を通じて相手を見つけます。

条件交渉: 当事者間で、取引する商品・サービスの内容、価格、数量、受渡日、決済方法などの取引条件について交渉を行います。

契約締結: 交渉がまとまると、契約書を作成・締結します(口頭での合意の場合もありますが、特に重要な取引では書面化が一般的です)。金融デリバティブなどでは、ISDAマスター契約のような標準契約書が用いられることもあります。

履行・決済: 契約条件に基づき、商品の受け渡しや代金の支払いを行います。

2.2 相対取引のメリット

相対取引には、取引所取引にはない独自のメリットがあります。

取引条件の柔軟性: 最大のメリットは、当事者間の合意さえあれば、取引条件を自由に設定できる点です。取引所取引では扱えないような特殊な商品や、 нестандартные数量、特定の決済日など、オーダーメイドの取引が可能です。例えば、特定の期日に特定量の通貨を交換する為替予約や、特定の金利変動リスクをヘッジする金利スワップなどは、相対取引の柔軟性があってこそ成り立ちます。

取引の秘匿性: 取引所取引と異なり、取引内容(価格、数量、当事者など)が外部に公開されません。そのため、他の市場参加者に取引戦略を知られたくない場合や、価格への影響を避けたい場合に有効です。特に、企業の経営戦略に関わるM&Aや、大口の有価証券取引などでこのメリットが活かされます。

大口取引の容易さ: 取引所で大量の注文を一度に出すと、市場価格に大きな影響を与え(マーケットインパクト)、不利な価格で約定してしまう可能性があります。相対取引であれば、市場価格への影響を抑えながら、事前に合意した価格・数量で大口取引を執行することが可能です。機関投資家などが株式のブロックトレード(大口相対取引)を行うのはこのためです。

非定型・非流動性商品の取引: 取引所には上場されていない非公開企業の株式、特定の条件が付いた債券、オーダーメイドのデリバティブ商品、あるいは特定の不動産や美術品など、取引所では扱えない、または流動性が極めて低い商品の取引が可能です。

取引コストの低減可能性: 取引所手数料や清算機関利用料などがかからない場合があり、取引コストを抑えられる可能性があります。(ただし、仲介者を利用する場合は別途手数料が発生します)。

特定の相手との関係構築: 特定の相手と継続的に取引を行うことで、信頼関係を構築し、将来の取引を円滑に進めたり、より有利な条件を引き出したりできる可能性があります。サプライチェーンにおける企業間取引などはこの典型例です。

2.3 相対取引のデメリット

一方で、相対取引には以下のようなデメリットやリスクも存在します。

価格の不透明性: 取引所のように気配値や約定価格がリアルタイムで公開されないため、提示された価格が公正な市場価格(フェアバリュー)なのか判断することが難しい場合があります。情報を持つ側と持たない側で不利が生じる「情報の非対称性」が起こりやすいと言えます。

カウンターパーティリスク(信用リスク): 取引相手が契約を履行しない、あるいは決済期日までに支払いを行わない(デフォルトする)リスクです。取引所取引では、取引所や清算機関が決済を保証する仕組みがありますが、相対取引では基本的に当事者間でリスクを負うことになります。特に、デリバティブ取引のように将来の決済を伴う取引では、このリスクが重要になります。

流動性の低さ: 取引したい時に、希望する条件で取引相手がすぐに見つかるとは限りません。また、一度締結した契約を解消(反対売買)したり、第三者に転売したりすることが難しい場合があります。市場の状況によっては、全く取引ができなくなる可能性もあります。

取引相手を探すコスト・手間: 適切な取引相手を見つけるために、時間やコストがかかる場合があります。特に、新規の取引相手や特殊な取引の場合に顕著です。

規制・監視の限界: 取引所取引に比べて、規制当局の監視が及びにくい側面があります。そのため、不公正な取引や不正行為が行われるリスクが相対的に高いと指摘されることもあります。(ただし、後述のように近年規制は強化されています)。

3. 多様な分野で行われる相対取引

相対取引は、私たちの経済活動の様々な場面で行われています。

金融市場:

債券市場: 国債の一部や、社債、地方債などの多くは、証券会社などを介した相対取引で売買されています。特にオーダーメイド性の高い私募債などは典型的な相対取引です。

デリバティブ市場: 為替予約、金利スワップ、通貨スワップ、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)、天候デリバティブ、商品デリバティブなど、多種多様なデリバティブ商品が相対取引(OTCデリバティブ)で取引されています。企業の個別のリスクヘッジニーズに対応するために、柔軟な条件設定が可能な相対取引が適しています。

未公開株式市場: 取引所に上場されていない企業の株式(プライベート・エクイティ)の売買は、当事者間の交渉による相対取引で行われます。

外国為替取引(FX): 個人投資家向けのFX取引の多くは、FX業者との相対取引(OTC FX)です。ただし、近年は取引所取引(くりっく365など)や、取引所ライクな電子取引プラットフォーム(ECN方式)も増えています。銀行間で行われる為替取引も伝統的に相対取引が中心です。

不動産市場:

土地や建物の売買・賃貸借の多くは、当事者間(個人間、企業間)または不動産仲介業者を介した相対取引です。物件の個別性が高く、条件交渉が不可欠なため、相対取引が基本となります。

商品市場(現物取引):

エネルギー: 原油、液化天然ガス(LNG)、石炭などの大口取引や長期契約は、産出国や供給企業と需要企業(電力会社、ガス会社、商社など)との間で相対で条件が決められることが一般的です。

金属・農産物: 鉄鉱石、非鉄金属、穀物などの大口・長期契約も、相対取引が重要な役割を果たしています。

M&A(企業の合併・買収):

企業の買収や合併における株式の取得は、当事者間の交渉と合意に基づく相対取引によって行われます。価格、取得比率、従業員の処遇など、極めて複雑な条件交渉が必要となります。

その他の分野:

電力取引: 卸電力取引所での取引に加え、発電事業者と小売電気事業者などが直接交渉して電気を売買する相対契約も広く行われています。

中古品売買: フリマアプリなどを介した個人間の中古品売買も、広義の相対取引と捉えることができます。

オーダーメイド品の取引: 特注の機械設備、ソフトウェア開発、コンサルティングサービスなど、仕様や条件が個別具体的に決まる取引は相対取引の性質を持ちます。

4. 相対取引と取引所取引:どちらを選ぶべきか?

相対取引と取引所取引は、それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらか一方が絶対的に優れているわけではありません。取引の目的や対象、状況に応じて適切な方法を選択することが重要です。

取引所取引が適しているケース:

標準化された商品(上場株式、国債先物、主要通貨ペアなど)を取引したい。

価格の透明性と公正性を重視したい。

高い流動性を確保し、いつでも容易に売買したい。

カウンターパーティリスクを極力排除したい。

匿名で取引したい。

相対取引が適しているケース:

取引所では扱っていない非定型的な商品やサービスを取引したい。

価格、数量、決済時期など、特定の条件で取引したい。

取引内容を秘匿したい。

市場価格への影響を避けながら大口取引を行いたい。

特定の相手と継続的な取引関係を築きたい。

実際には、多くの市場参加者は、両方の取引形態を使い分けています。例えば、株式投資家は、通常は取引所で株式を売買しますが、大口の取引や非公開株の取引では相対取引を利用することがあります。このように、両者は相互に補完しあいながら、市場全体の機能性を高めています。

5. リスクとその管理、そして規制の動向

相対取引、特に金融市場におけるOTCデリバティブ取引は、2008年の世界金融危機(リーマンショック)の一因になったと指摘されました。その背景には、複雑なデリバティブ取引が当事者間で不透明なまま積み上がり、カウンターパーティリスクが十分に管理されていなかったことがあります。

この反省から、金融危機後、G20サミットなどを通じて国際的にOTCデリバティブ市場の規制強化が進められました。主な内容は以下の通りです。

中央清算機関(CCP: Central Counterparty)の利用義務化: 標準化されたOTCデリバティブ取引については、CCPを通じた清算を義務付ける動きが進んでいます。CCPが取引の当事者間に入り、一方の当事者に対しては買い手、他方の当事者に対しては売り手となることで、カウンターパーティリスクを引き受け、決済の履行を保証します。これにより、特定の金融機関の破綻が連鎖的に他の金融機関に波及するシステミック・リスクを軽減することを目指します。

取引情報蓄積機関(TR: Trade Repository)への報告義務: 全てのOTCデリバティブ取引の詳細情報(取引内容、当事者、価格、残高など)をTRに報告することが義務付けられました。これにより、規制当局が市場全体の取引状況やリスクの蓄積状況を把握し、監視を強化することが可能になりました。

証拠金規制の強化: CCPで清算されないOTCデリバティブ取引については、カウンターパーティリスクをカバーするために、当初証拠金(Initial Margin)や変動証拠金(Variation Margin)の授受を義務付ける規制が導入されました。

これらの規制強化により、OTCデリバティブ市場の透明性は向上し、システミック・リスクは抑制される方向に向かっていますが、一方で、取引コストの増加や、一部の取引の流動性低下といった影響も指摘されています。

カウンターパーティリスク管理の具体的な手法としては、規制以外にも以下のようなものがあります。

信用評価(格付け)の確認: 取引相手の信用力を事前に評価します。

担保(コラテラル)の要求: 取引相手から担保(現金や有価証券など)を預かることで、万が一デフォルトした場合の損失をカバーします。

契約条件の設定: 取引限度額(与信枠)の設定、早期解約条項(クレジットトリガー)の導入など、契約によってリスクをコントロールします。

ネッティング(債権債務相殺): 同一当事者間の複数の取引における債権と債務を相殺し、最終的な差額のみを決済する取り決めです。これにより、決済額を減らし、リスクを軽減します。ISDAマスター契約などには、このネッティングに関する条項が含まれています。

6. 相対取引の進化と未来

テクノロジーの進展は、相対取引のあり方にも変化をもたらしています。

電子取引プラットフォームの普及: かつて電話が主流だった相対取引も、近年は専用の電子取引プラットフォーム(ECN: Electronic Communication Networkなど)を通じて行われることが増えています。これにより、取引相手の探索や価格交渉が効率化され、ある程度の価格透明性も確保されるようになってきました。

アルゴリズム取引の活用: 大口の相対取引においても、市場への影響を最小限に抑えながら効率的に執行するために、アルゴリズム取引が利用されるケースがあります。

フィンテック(FinTech)の影響: 新しい技術を活用した金融サービス(フィンテック)は、相対取引の分野にも影響を与え始めています。例えば、中小企業向けのオンライン融資プラットフォームや、不動産投資のクラウドファンディングなども、新たな形の相対取引と言えるかもしれません。

ブロックチェーン技術の可能性: スマートコントラクト(契約条件をプログラム化し、自動執行する仕組み)を活用することで、相対取引における契約履行の確実性を高め、決済プロセスを効率化できる可能性が期待されています。特に、複雑なデリバティブ取引や不動産取引などへの応用が研究されています。

今後も、規制環境の変化やテクノロジーの進化に伴い、相対取引はその形態を変えながら、経済活動において重要な役割を果たし続けると考えられます。

7. まとめ:相対取引の意義と留意点

相対取引は、取引所取引では満たせない多様なニーズに応えるための、柔軟で不可欠な取引形態です。オーダーメイドの条件設定、秘匿性の確保、大口取引の円滑な執行などを可能にし、金融市場から実体経済まで、幅広い分野で経済活動を支えています。

しかし、その一方で、価格の不透明性やカウンターパーティリスクといった固有の課題も抱えています。特に金融市場においては、過去の教訓を踏まえ、規制強化によって透明性の向上とリスクの抑制が図られていますが、取引を行う際には、これらのメリット・デメリットを十分に理解し、リスクを適切に評価・管理することが極めて重要です。

テクノロジーの進化は、相対取引の効率性や透明性を高める可能性を秘めており、今後もそのあり方は変化していくでしょう。相対取引の特性を正しく理解し、取引所取引と適切に使い分けることが、現代の経済社会で活動する上で求められています。